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【名作と差別の話】子供向け文学作品で、ドギツイ表現が…

最近に始まったことではありませんが…未だに「人種差別」というものは色濃く残っています。差別を発端として、殺し合いが発生することも多い。

中でも深刻なのは、黒人と白人の対立です。建前的には「差別解消」とされたのかも知れませんが、実際はアメリカやヨーロッパ各地において、根強く差別が残っています。

時に、その軋轢が巨大な暴動を引き起こすこともあり。今年は、アメリカのミネアポリスで発生した「白人警官による黒人絞殺事件」が切っ掛けとなり、世界中で大きな抗議運動が起こっています。一部は暴徒化にまで至っている、深刻な状況です。

www.bbc.com(2020/5/30)

 

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この「黒人差別」に関する問題ですが…探してみれば、実は「子供向け文学作品」の中にも登場していました。

お子さんが読むモノの中に、シレッと差別表現が存在する。そんなビックリする状況が、かつては当たり前だったんですねぇ。

ちなみに、その児童向け文学作品のタイトルは、十五少年漂流記です。

十五少年漂流記 (新潮文庫)(提供:Amazon)

 

十五少年漂流記』は、今から130年以上前の1888年明治21年)に発表された作品。原題は『二年間の休暇』でしたが、もっと分かり易いタイトルにしようとなり、後に題名が変えられました。

十五少年漂流記』の作者は、フランスの作家「ジュール・ヴェルヌ」氏。SF作家の祖の一人として、メチャクチャ有名な方ですね。『海底二万里』『月世界旅行』等でも知られた方です。

そんなヴェルヌ氏の著作の中にも、あからさまな差別表現が記されており、未だに閲覧可能。当時は今ほど「差別表記に抵抗する」という動きも風潮もなかったのでしょう。

 

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では、『十五少年漂流記』の中で、どういう差別表現があったのか?

その点を見てみます。先ずは、物語の粗筋から。

 

▼舞台は、1860年の南半球。

▼とある寄宿舎学校で、6週間の船旅が企画された。その旅行には、フランス・ドイツ・イギリス等々の西洋諸国から来た、寄宿舎学校の生徒が参加する予定であった。

▼船旅の前日。明日の出発を待ちきれなくなった複数の生徒が、コッソリと船に忍び込んだ。が、そこでアクシデントが発生。船を係留していたロープが外れ、港から流されてしまったのだ。

▼船に乗っているのは、少年(小学校低学年から中学生程度)が15名のみ。大人は誰もいない。当然、航海術に長けた者がいるワケでもなく、船は波風に任せて漂流するばかり。幸い、6週間の船旅を想定した準備が整っていた為、少年達がすぐに餓死することはなかった。

 

▼やがて、船は陸地へたどり着いた。が、そこが一体どこなのか、見当もつかない。分かっているのは、出航した港とは全く別の場所だということだけ。

▼上陸した少年達。調べてみると、そこは絶海の孤島であり、無人島であると判明。外部との連絡手段もなく、彼らは途方に暮れた。

▼ただ、船には様々なものが積んである。大工道具、武器弾薬、裁縫道具、数々の書籍。これらを使って、何とか生き残る為に奮闘する少年達。

▼しかし、国籍も違えば思想も違う、まだ幼い少年達の集団である。様々な面で問題が発生し、なかなかうまくいかない。そのうち、少年達の中で確執が生まれ始め…

 

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この『十五少年漂流記』を筆者が初めて読んだのは、小学生の頃です。

祖父宅の倉庫に、1970年代に出版された古い文学全集があって、その中に『十五少年漂流記』が載っていました。

古い本だった為、今ほど表現に規制はなく、かなり際どい文言も多々ありました。

 

その本の中に、「モーコー」という少年の記述がありました。彼は、漂流した15人の中の一人なのですが、彼だけが黒人。他の14人は、皆白人です。

また、モーコーは「船員見習い」という立ち位置。他の白人少年14人は、寄宿舎学校の生徒です。

 

この両者の立場は、明らかに違います。

白人少年達は「船の乗客」という立場。モーコーは見習いであり、「船員の最下層」という立場。お得意様と研修社員くらいの差があります。

 

また、物語の舞台は1860年。建前上は「黒人奴隷の解放」を謳っている国・地域は多かったものの、2020年現在より遥かに色濃い差別意識が残っていました。

その差別意識は、『十五少年漂流記』の節々に滲み出ています。例えば、「モーコーだけ周囲に敬語で、他の者はモーコーを下に見た発言」といった具合に。

 

極めつけは、「少年達のリーダー、つまり島の大統領を決める選挙を実施」となった時の、この一文。

「モーコーは黒人だから、選挙権がない」

正直、目が点になりました。

子供向け文学作品として評価の高い小説だと思っていましたが、なかなかに生々しい。本作品を読んだ当時の筆者でも、強い違和感を覚えました。

 

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こういう露骨な表現は、どんどん減少していると思われます。

筆者は、近年発売された『十五少年漂流記』をいくつか読みましたが、上記の「大統領選に関する記述」が大幅に省かれたものを見かけました。つまり、「黒人に選挙権はない」という記述も無かったことにされています。

差別表現を指摘され、炎上する事態を避ける為に、削除したのでしょう。

 

ただ、「かつては子供向け文学にも差別表現があった」ということは、変えることのできない事実。その背景となる差別が存在したというのも事実。両方とも無かったことには出来ません。

重要なのは、そういった負の歴史をどう伝えていくか。そして、今後どう改善していくか。この二点だと考えます。

 

 

--------------(記事了)--------------

 

 

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